「あるグループが『万人のための教育』のキャンペーンを始める所だと聞き、そのグループに加わろうとしたのですが、私たちの子どものことではないと言われました。」
国際調査に寄せられた、南アフリカの親からの報告
教育へのアクセス、教育体験および成果に見られるギャップを、知的障害者とその家族の視点から検討したグローバルレポートはない。本調査を実施したのは、各国政府および国際機関による、教育に関するよりインクルーシブな世界的課題の設定を可能にするには、私たちの声を一層明確に届けることが重要であると感じたためである。
本章では、会員組織によって作成されたカントリープロフィールや、75を超える国の当事者、家族、教師およびその他の重 要な情報提供者に対して実施されたアンケートや聞き取り調査、フォーカスグループによる討議、面談、そして多数のドナーおよび国際機関から得られた調査結果を分析する。
私たちの目的は、6つの「万人のための教育」ダカール目標と、初等教育の完全普及を目指すミレニアム開発目標に基づく世界的な教育課題に、どのようにすれば障害者を完全に参加させることができるかを検討することである。本章では、教育に関する世界的課題が、知的障害およびその他の障害のある人々の生活に、どのように影響を与えているのか、あるいは与えていないのかを問いかける。
6つの「万人のための教育」ダカール目標の全文は、以下の通りである。
- 就学前保育・教育
最も恵まれない子供達に特に配慮を行った総合的な就学前保育・教育の拡大及び改善を図ること。 - 無償の義務初等教育
女子や困難な環境下にある子供達、少数民族出身の子供達に対し特別な配慮を払いつつ、2015年までに全ての子供達が、無償で質の高い義務教育へのアクセスを持ち、修学を完了できるようにすること。 - 全ての青年及び成人の学習ニーズ
全ての青年及び成人の学習ニーズが、適切な学習プログラム及び生活技能プログラムへの公平なアクセスを通じて満たされるようにすること。 - 成人識字率
2015年までに成人(特に女性の)識字率の50パーセント改善を達成すること。また、全ての成人が基礎教育及び継続教育に対する公正なアクセスを達成すること。 - 初等教育における男女平等
2005年までに初等及び中等教育における男女格差を解消すること。2015年までに教育における男女の平等を達成すること。この過程において、女子の質の良い基礎教育への充分かつ平等なアクセス及び修学の達成について特段の配慮を払うこと。 - 教育の質
特に読み書き能力、計算能力、及び基本となる生活技能の面で、確認ができかつ測定可能な成果の達成が可能となるよう、教育の全ての局面における質の改善ならびに卓越性を確保すること。
私たちは、以下の6つの各セクションで、「万人のための教育」ダカール目標のそれぞれについてデータ分析を行う。
目標1:就学前保育・教育
「最も恵まれない子供達に特に配慮を行った総合的な就学前保育・教育の拡大及び改善を図ること。」
「乳幼児のケアおよび教育」(ECCE:Early Childhood Care and Education)は、障害児にとって特に重要である。早期介入と他の子どもたちとともに受け入れられる機会とは、地域社会と近隣の学校に子どもが受け入れられるか否かに重大な影響を与える可能性がある。質の高い「乳幼児のケアおよび教育」へのアクセス獲得が重要なのは、児童の発達のためだけではない。それは、障害児を介護している家族に対する支援でもあるのだ。
障害児への「乳幼児のケアおよび教育」の重要性にもかかわらず、アクセスの乏しさ、教育モデルの欠如や教育制度への連携の欠如、そして調整力の欠如に関する報告は絶えない。私たちが知り得たプログラムの大半は、インクルーシブというよりもむしろ障害に特化していた。
乏しいアクセス
- 調査から、障害児を抱えている家庭の方が他の家庭に 比べて、就学前プログラムや早期介入プログラムの利用が大幅に少ない傾向があることが判明した。高所得国においても、もっとも恩恵を受けられるはずの人々(弱く、不利な立場にある人々)が、もっとも「乳幼児のケアおよび教育」を利用できずにいる場合が多い。
- 0歳児から5歳児を対象としたサービスを家族が利用できる場合も、それは障害者専用のサービスか、あるいは教育的なカリキュラムがほとんどない、もしくはまったくない保育プログラムであることが多い。
- 回答者の40%が、「乳幼児のケアおよび教育」プログラムは知的障害児が小学校進級の準備をする場となっていないと述べた。
- 25%の国の回答者が、すべての児童が出生時に登録されるわけではないことを示唆した。調査結果には、障害児が登録されないことが多いとの報告があったアフリカからの回答は、あまり含まれていなかった。登録されていない障害児は、サービスを利用したり学校へ通ったりすることができない。
医療モデルの優位
障害児の就学前教育へのアクセスは、2つのおもな問題によって制限されている。その問題とは、多くの国において「乳幼児のケアおよび教育」サービスが全体的に利用しにくくなっていることと、「乳幼児のケアおよび教育」が社会福祉サービスあるいは保健省を通じて提供されるために、教育ではなくリハビリテーションが重視されていることである。
「欠陥児童」モデルでは、成績不振は、児童の学習に対する教師や学校の指導力・支援能力ではなく、児童の方に限界があると考えられるために起こるとしている。これは、公式には「インクルーシブな学校」と言われている学校でさえも存在することが明らかになった、広くまん延している問題である。
中東/北アフリカ地域の多くの国々では� ��障害児が学校に入学したりプログラムに参加したりする際には、たとえ特殊教育の現場であっても、健康状態や他の生徒に危険があるかどうかを記した医師の診断書を入手する必要があるとの報告があった。多くの場合、医師は子どもに家にいた方が良いと勧めるが、これは何も得るものがない場所に子どもを行かせることに意味がないからである。医師は多くの場合、聴覚障害児用の補聴器に価値を認めることすらしないが、これは訓練が難しすぎ、そして訓練を行っているのが聴覚障害者のリハビリテーション施設のみだからである。(レバノン、ヨルダンおよびシリアのカントリーレポートより)
乏しいサービス、弱い首尾一貫性、そして不十分な責任
「万人のための教育」目標達成のために、各国政府による重要な取� ��組みがいくつか進められているが、国の教育計画では、「乳幼児のケアおよび教育」に対して十分な関心が寄せられてこなかった。
- 「乳幼児のケアおよび教育」の政策および立案は、国の教育計画に統合されていない。また教育省は、5歳未満の乳幼児について責任を負わない場合が多い。
- この例は、カントリープロフィールから収集された情報にも見ることができる。アメリカ合衆国では、3歳から5歳までの児童の57%しか地域の施設を利用した就学前教育に参加していない。一方コロンビアでは、5歳未満の児童の35%しかサービスを受けておらず、そのうち教育的要素を備えたプログラムに参加しているのは40%未満である。コロンビアから得られたさらに詳しい情報によれば、5歳未満の児童で障害がある者はわずか2.5%と推定されており、教育プログラムを利用している人数についてはデータがない。家族に対するアンケート調査からは、これらの児童は政府によって運営されている通常の早期教育プログラムをなかなか利用できないことがわかった。
- 会員の報告によれば、国内の「乳幼児のケアおよび教育」の中心目的が不明確に思えることが多く、その実施方法についても混乱が見られる。たとえば中東/北アフリカでは、さまざまな省が「乳幼児のケアおよび教育」を担当していることが明らかになった。レバノンでは保健省の担当であり、イエメン、アルジェリアおよびスーダンでは労働省、そしてバーレーン、クウェートおよびヨルダンでは社会問題省が担当している。この結果、政府機関が民間機関を通じて、ほとんど一貫性がないまま散発的に「乳幼児のケアおよび教育」を実施していることが多く、初等教育制度への連携も、ほとんどないか、まったく見られない。
私たちが受け取った報告書によれば、「乳幼児のケアおよび教育」へのアクセスの欠如に加え、その質の悪さと不十分な実施状況は、以下のことを意味する。
- 障害児は医療、予防接種、聴覚・視覚障害予防プログラム、摂食・栄養プログラムへのアクセスを持たない。なぜなら、これらは就学前プログラムで提供されるからである。このことは、インドにおける就学前プログラムへのアクセスに関するおもな調査によって裏付けられている。この調査からは、障害児が国内の主要な「乳幼児のケアおよび教育」プログラムにおいて「見えない存在」となっていることが明らかになった(Alur 2003年)。
- 障害児の親は、子育て情報、親に対する教育および支援へアクセスする機会がない。
- 障害児は、親が就労中に安全でない環境に置かれることが多く、また、同世代の子どもと一緒に遊んだり交流したりする機会が与えられない。
- 「乳幼児のケアおよび教育」へアクセスできないため、障害児は臨界年齢のときに必要な、その不利を軽減し、回復力の育成を助ける支援を得ることができない。
- 障害児には、「就学レディネス」や小学校入学のための準備に対する支援を受ける機会が与えられない。
「乳幼児のケアおよび教育」が障害児にもたらす直接的な利益に加え、家族および地域社会に与える影響も、インクルーシブな地域社会の構築にとって基本的に重要である。
- 障害児の親は、保育サービスへのアクセスが乏しいので、労働市場に参加できる可能性が低く、これがさらなる不利と貧困を招いている。
- 「乳幼児のケアおよび教育」は地域社会を強化し、社会的結束を高めるために役立つ。
児童の早期教育および保育は、すべての国において、経済的・社会的インフラストラクチャーの基盤である。政策立案者と各国政府は、幼い子どもたちの保育と教育に対する投資だけでなく、それを提供する家族への支援に対する投資がもたらす利益についても、ますます認識を高めている。
目標2:初等教育の完全普及
「女子や困難な環境下にある子供達、少数民族出身の子供達に対し特別な配慮を払いつつ、2015年までに全ての子供達が、無償で質の高い義務教育へのアクセスを持ち、修学を完了できるようにすること。」
調査を通じて収集された情報の大半は、初等教育へのアクセスに関する内容だった。その結果明らかになったのは、インクルーシブ教育を支援する法律と政策の改革には大きな進展があり、教� ��研修も行われてきたが、学校や学級レベルで実践される際には進展が遅く、なすべきことが数多く残されているという実態である。
政策と法律-限定的なコミットメントおよび/または実施
調査対象国の大部分がインクルーシブ教育に関するコミットメントを採択していると、本調査参加者が評価しているのにもかかわらず、家族と当事者は、優れた法律と政策がある国でさえ、インクルージョンはいまだに実現していないと語っている。
- 中米では、ほとんどすべての国がインクルーシブ教育を支持する法律または政策を採択しているが、その実践は目標からはるかに遅れている。
- カナダ、ニュージーランド、アメリカ合衆国およびヨーロッパの数カ国では、障害者の権利を保護する包括的な人権法とインクルーシブ教育を約束する教育法が、国や地方、県や州に存在する。しかし会員の報告によれば、実際には、これらの法律およびコミットメントの実施に当たり、人権を基本としたアプローチによる教育は行われていないとのことである。
- アフリカでは、障害児に特に言及した声明や政策を採択している国は数ヶ国にとどまっている。
- 一部の地域では、排除されている人々のインクルージョンについて、法律と政策で言及しているが、障害児については触れていない。
- 障害児のニーズに焦点を当てた法律により、差別や孤立化が進んでしまった例もある。
たとえばコロンビアでは、子どもに高いニーズを伴う知的障害がある場合、行政当局によって選択された施設(そのほとんどは教育制度外である)において介護を受けると法律で定めている。
政策および法律と、知的障害のある生徒が地域社会、学校および学級で受けているサービスの現状との間には、大きなギャップが存在し続けている。
教育の責任の分担化
教育省は障害児教育を担当していないことが多く、むしろ社会問題省がこれを担当している(例『障害者の教育への権利 教育への権利に関する国連特別報告官の報告書(The right to education of persons with disabilities,Report of the Special Rapporteur on the right to education)』2007年2月参照)。調査参加国の大多数において、教育全般を担当していない省庁が障害児教育を担当していた。
回答者の約80%が、学齢期の児童の中には普通教育プログラムに参加していない者がいるが、社会福祉あるいは医療を担当する省庁が提供する、多くの場合不十分な教育で、これを補っていると述べた。
この結果、障害児は教育へのアクセスを持たないことが多く、せいぜい隔離されて医療や社会福祉サービスのプログラムを利用する程度で、大抵の場合、自宅に取り残され、孤立してしまっている。
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